みやざき農業日誌

株式会社 風土のスタッフブログです。
風土スタッフの日々や、野菜に関する記事を記録していきます。


ブリーダーに訊いてみた ~おいしいかぼちゃの品種改良~ 後編

後編です。

──恋するマロン、こちらでの評判は上々ですがブリーダーさんの手応えはいかがですか?
 
野口:もう感謝しかないですね。
   作っていただける農家の方がいて、味を認めていただけるお客様がいて、
   感謝という言葉しか見当たらないです。
 
──最初はまだ名前がついてない、試作番号だけの時から少しずつ植えてきましたが、
今になって思い返すと感慨深いですね。
改めて恋するマロンの魅力について語っていただきたいのですが。
 
野口:当たり外れが無いということと、誰が食べても美味しいと感じる食感を持っていることです。
   この食感というのは、「きめ細かい、繊細な肉質」です。
   味には一人ひとり「好み」というものがあると思いますが、
   多くのかぼちゃファンをカバーしやすい食感を持っていると思います。
 
──当たり外れが無いというのはお客様にとってはいいですよね。
 
野口:期待して買っていただいたのに美味しくなかった、では申し訳ないですよね。
   恋するマロンは品種の特性上、1個しか成りづらい面がありますので、
   それも手伝って品質の安定が図られているんだと思います。
 
──日本全国、土質や作り手が違っても安定しやすいというのはいいですよね。
 
大嶋:きめ細かい、繊細な肉質というのは、品種改良を始めた段階から狙いとしてあったんですか?
 
野口:これは苦労話になっちゃうんですけど、私の選抜方法は全部自分で食べて選抜していくんですよ。
   糖度計なんかを使う方法もあるんですが、私の場合は全部食べるんです。
 
──どれだけ食べるんですか?
 
野口:数10a植えてある試験用の株、全てです。
 
──全部ですか!?
 
野口:全部です、といってもその株から収穫したかぼちゃの、ほんの一片を食べるんですけど。
 
──そりゃそうですよね。それにしても数百~数千のかぼちゃを毎日ひたすら食べてるんですね。
 
野口:そうです。1個1個口に入れて食べて選抜しているんですよ。しかも一人で。
 
──なんかすごく過酷に思えてきました。
 
大嶋:その時点で味のイメージとか、例えば既存のこの品種を目標にしているとか、あるんですか?
 
野口:そういうのは無いんです。ただひたすら食べると、「こりゃ美味いな!」というのが
   たまに出てくるんですよ。ほんと、ビックリするようなのが出てくるんです。
   そういう感性というか、直接訴えかけてくる個体とか、そういう体験は大切にしています。
 
──九重栗とかもそうやって出来たんですね。
 
野口:もちろんそうです。カネコ種苗(株)のかぼちゃは私が食べながら開発した品種です。
   自分の作った品種は自分の子供と一緒ですから、どれも思い入れがあって好きなんですよ。
 
──そうやって選抜した種を交配する時に、相性はあるのですか?
 
野口:あります。私はひたすら相性の良い組み合わせを探します。
   当時は緑皮同士は大玉のかぼちゃにならないという定説がありましたので、
   セオリーでは考えられない組み合わせの中から、
   突飛で美味しいかぼちゃを探すという作業になります。
 
──手がかりもなく。
 
野口:手がかりもなく、です。もう祈るだけです。
   そうやって5年とか10年かかって1つの品種が出来上がるんです。
 
──熱意が無いとできないというか、完成できなかった品種ですね。
 
野口:大切なのは体調的にも、精神的にも良い状態で選抜に挑むことです。
   名前の通り、一人でも多くのかぼちゃファンに食べてもらいたい、
   そういう一心で食べ続けました。
 
──そうして世に送り出されたかぼちゃ達ですが、残念ながら美味しくないものもありますよね。
ブリーダーさんから見てあれはどういった経緯によるものなんでしょうか。
 
野口:収穫前に枯れてしまった健康でない株から収穫したり、収穫時期を間違えた個体でしょうね。
   特に早く収穫してしまったら未熟となります。
 
──生産者も責任重大ですね。
ところで、恋するマロンの作付面積はどうですか?
 
大嶋:増えてはいますが、種がバカ売れというわけではないです。
 
野口:品種の特性上バカ売れするタイプではないと思いますが、
   認めてくださった方が少しずつ植えてくださって、それが少しずつ広がっているという印象です。
 
──味は万人受けするけれども、作り手から見れば万人受けしないと。
 
野口:誰がどこで作っても美味しいかぼちゃになるという自信はありますが、作り易さや収量に
   特化してはいませんので、収穫した恋するマロンの価値を消費者まで伝える手段というか、
   伝えていただけるパートナー(取引先)が無いと、作るのは難しいと思います。
 
──お客様に伝われば、手に取っていただいて、食べて喜んでいただけるんですけどね。
風土のHPのアクセス解析を見ていると、検索ワードの1位が「おいしいかぼちゃ」なんですよ。
消費者はただのかぼちゃじゃなくて、美味しいかぼちゃを探し求めているんです。
逆に言えば、近くで売っているかぼちゃでは物足りない、ということを指していると思うんです。
 
野口:そうですね。
 
──戦後50%以上あったエンゲル係数が20%にまで下がり、日本は豊かになりました。
「私も食べていかなくてはいけない、生活がかかってるんだ」なんてセリフを聞くことがありますが、
食べるだけなら困ることはあまりなくなりました。もちろん困っている方も、いるにはいますが。
 
そんな中で戦後の食糧難を支えたかぼちゃの位置付けが、「腹を満たす」ものではなくなりましたよね。
せっかくかぼちゃ料理を振る舞うんだったら良い素材が欲しいわけです。それはうちだってそうです。
なにも自分が食べたいから作るんじゃなくて、家族とか大事な人に振る舞うから料理をするんですね。
そんな時代には恋するマロンのような、味に特化したかぼちゃがマッチすると思うんです。
 
野口:日本人には繊細な面があると思うんです。
   さっきの、1個1個食べて選抜した話もそうなんですけど、日本人は繊細な面を持っているから、
   なお繊細なものを探しているように思います。
 
大嶋:そんな中で、本来こういう野菜の繊細さを分かってないといけない人が分かっていない
   背景もあります。
   先日もあるフードコーディネーターの方に恋するマロンを召し上がっていただきましたが、
   「なにこれ、こんな美味しいかぼちゃ食べたことない」って言ってました。
   いや、ちゃんと食べとけよ、知っとけよ、と。
 
──こんな美味しいかぼちゃがあるのに伝わっていないというのは問題ですよね。
 
大嶋:伝える力が無い。そもそも量もない。
 
野口:恋するマロンの1番の課題は知名度かもしれませんね。
 
──知名度があるからとか、売れているからと言って、いいものとは限らないのが世の常ですから、
うちにとっては「希少性」という要素がプラスになっていますけどね。
 
野口:苦笑。
 
──ということは、そもそもちゃんと種を拡販したり、知名度を上げるための施策をしたりという
啓蒙活動が必要という事ですね、大嶋さん。
 
大嶋:そうですね、啓蒙活動は重要です。
 
──そんなこんなで日本全国で栽培されているのを見ていかがですか?
 
野口:自分の作った品種は子どもと同じですから、嬉しいですね。
   最近はうれしいと同時に心配でもあります。昔の上司に言われたのですが、
   「かぼちゃが子どもだとしたら自分は生みの親だけど、畑に行ったら育ての親がいる。
   親は多い方が、安全に、素直に育つ」と言われたのが印象に残っています。
 
──家庭菜園で作ろうと思っている方もいると思いますが、どんな風に作ればいいですか?
 
野口:1番重要なのは良い畑に植えるということです。昔はかぼちゃは土手に植えたり、
   地力の無い所に植えたりしていましたが、現在の品種は肥沃な土の方が良く出来ます。
   必要な肥料の量も違いますのでできるだけ肥えた畑に植えてほしいです。
 
──苗作りが難しい面もあると思いますが。
 
野口:種子の吸水を充分にしてから蒔いた方が発芽率は良いでしょうね。
 
──植えてから調子が悪いという時は。
 
野口:しおれたりしているのは、地上部と地下部のバランスの問題です。自然に回復します。
 
──着果時期に気を付けることはありますか?
 
野口:朝の最低気温が10℃を下回るような時期だと、人工授粉をしても落果することが多いですので
   しっかりと温度確保をしてやることが重要です。
 
──都城は5月の連休明けに冷え込むんですよね。霜が降りるんじゃないかっていうくらい。
すでにツルも伸びてるしトンネルも撤去してるしどうしようもないんです。
結局狙ってた12~13節目が流れて、その1週間後に18節目とかに着果して、ベッドが狭くなったり
収穫が遅れるということが毎年起こります。
 
野口:そんな状況ですと、もし着果したとしても形が悪くなったり、大きくならなかったりしますので
   良いことはないです。抗えない自然の摂理だと思います。
 
──せっかくだから1株、1蔓から大きなかぼちゃを2個取りたいのが人情ですが、
なかなか難しいですよね。
 
野口:うまく大きくならない個体は自然に落ちることが多いですから、落ちなければ2個目も
   まずまず大きくなりますよ。
 
──1番果が待望の着果を遂げた時、すでにその先には2mくらいのツルに、
2番果になる雌花のつぼみが幾つかついてますね。
この中から2番果をどれかに期待しなきゃいけない。じゃないともうベッドの端までツルがきちゃいます。
 
野口:そうするとUターンするしかないですね。
 
──そうですね、Uターンさせて2番果の着果を待つわけです。
幸運にも2番果が着果した時にはすでにその先には2mくらいツルが伸びていて、
定植位置に戻ってきた格好になっちゃいます。文字通りUターンです。
そうすると、1番果の肥大を促すための摘心のタイミングが取れないですよね。
 
野口:最近の畑を見て思うのが、摘心をせずUターンしておくという作り方が良いかもしれない
   ということです。一般的には、肥大を促すために早めにツルを摘心するのですが、
   それをしないことで1番大きな成長点を残すことができます。
   生育後半に株を傷めないためにも、根の成長を妨げない方が良いので、
   昨今の異常気象などを考えると、あえて摘心はしないという方法は有効かもしれません。
   でも摘心しない場合はUターンさせておいてください。
 
──私も、必ずしも摘心しなくても良い、というか摘心しない方が良いようにも感じています。
 
野口:10年前の気候でしたら摘心をお勧めしていました。
   ただ、昨今の異常気象ですと、根量を確保しつつ枯れあがり始めた場合の日除け対策として、
   Uターンは有効だと考えています。
 
──ただ、Uターン後のツルの管理は事実上できないですので、もしかしたら2番果どころか、
小さなかぼちゃが鈴なりでついてる、という可能性もありますよね。
 
野口:そうです。ですから適期で収穫してそういうものを商品に混在ないようにして下さい。
 
──「生みの親」と「育ての親」の熱意と愛情があるからこそ、恋するマロンを一般のかぼちゃと
差別化することができるんですね。
 
野口:そうですね。
 
──この成熟した日本では当たり前の野菜というのはほとんど価値が無くて、
差別化されたものでないとお客様も納得してくれなくなっています。
ブリーダーさんから見て差別化された野菜とはどういうものでしょうか。
 
野口:「生産者の立場からも、消費者の立場からも、それが特別なものであると認識できる野菜」でしょうか。
 
──生産者の立場からもですか。
 
野口:片方だけというのはあり得ないでしょうね。作った生産者の方に喜んでいただければありがたいですね。
 
──特別栽培とか有機栽培とか、○○農法とか、作り方で差別化する方法もありますね。
 
野口:そういった農法は消費者への安心感につながりますし、自然にもやさしい農法でしょうから有効でしょうね。
 
──選抜する時の肥料はどうしているのですか?
 
野口:選抜するためのかぼちゃ栽培は、美味しくなる土壌の条件を作る必要はなく、
   選抜目的に必要な条件を満たすことが大切だと思いますので、3要素だけを主体にしています。
 
──それは意外でした。もちろん私たちがそれぞれこだわっている肥料は味に寄与してるんですよね。
 
野口:それはもちろんそうだと思います。
   ただ、美味しいかぼちゃを作るには、環境が大切だと思います。
   私は土質が重要で、その土質で栽培する技術がさらに重要だと考えています。
 
──大嶋さんにお伺いします。
ここ数年、国内の農業とか、野菜を取り巻く環境が大きく変わろうとしていますが、
種苗メーカーさんにはどのように映っていますか?
 
 
大嶋:最近は北から南まで安定した気候というのはどこにもないですから、
   期待していたものがこけている、という現象をよく見るようになりました。
   そんな中でメーカーとしてよりきめ細かい対応をしていくのが重要になったと感じています。
   以前は農家さんの作り方や作型に合わせて品種を提案しておけば、
   それなりの結果が出たのですが、最近は予定通りにはいかない事の方が多いです。
   提案した品種がどういう状況になっていくのかは、メーカーとしては最後まで確認させて
   いただきながらサポートしていきたいですね。
 
──個人的には、今年は特に後継者不足を感じた1年でした。
かぼちゃの作付面積もなかなか増えなくて。
 
大嶋:農家の息子が農業を継がなきゃならない、という図式もどうかと思いますけどね。
 
──やりたい人が新規参入しやすい産業であるべきなんでしょうけどね。
 
大嶋:たまには若い方が新規で取り組まれているのも拝見しますが、ごくごく少数ですよね。
 
──農家さんの家に用事で行ったら息子さんがいて、「息子が帰ってきた」って言うんですよ。
「後継ぎですか」って聞くけどそうではなくて、景気が悪くて仕事辞めちゃったり、
仕事が見つからなかったり、嫌になって帰ってきただけで、別に親の農業を手伝うわけではないんですね。
ゆとり世代だなと思ったり、実体経済の景気はなかなか回復しないなと思ったりしています。
 
大嶋:最終的にはそういうところに行きついてしまうんでしょうかね。
 
──日本の農業の振興には何が必要ですか?
 
大嶋:やはり若い人たちが参入しやすい環境というか、土壌が必要ですよね。
 
──そうですね。60歳以上の人たちと、一部の農業生産法人で食糧が賄われているのは
あるべき姿ではないですよね。あるべき姿にするにはどうすればよいでしょう?
 
大嶋:せっかく若い人たちの力で魅力ある農産物を作ったとしても、やっぱり売れなきゃ始まらないですよね。
 
──こだわって作るだけなら、ある程度誰でもできるんですよね。
こだわった結果としての味や品質、栄養素というのがありますから、その魅力を伝えて、
納得してもらって、お金をいただかないといけない。
 
大嶋:それには消費者がそういったものを求めていく、雰囲気というか、消費動向というか、
   そういうパワーが無いとニッチなものになってしまいますよね。
 
──ニッチになってはいけないですよね。一個人で年間数10tの野菜を生産できるわけですから。
どんどん売って食べてもらわないと。
 
大嶋:ってことは、景気が回復しないと私たちも含めた一般消費者の購買パワーが沸いてこない。
 
──景気回復になっちゃいますか、やっぱり。
 
大嶋:いいものだからって、一部の富裕層にしか売れないとなると、若い人たちも参入しづらいですもんね。
 
野口:私は人口が増えることが一番だと思います。高齢化社会になって、一人あたりの食べる量が
   昔と違って減っていますから、おコメが余ったり野菜が売れ残ったりするんじゃないでしょうか。
 
──人口増は、今の若者に期待するしかないですけど、どうなんでしょうかね。
最後に野口さんに、将来どのようなかぼちゃを世に送り出したいかお聞きしたいのですが。
 
野口:みなさんにたくさん食べていただいて、かぼちゃの消費が伸びるような品種を作りたいです。
   それこそが自分の役割であり使命であり、恩返しであると思います。
 
──本日は遠いところをありがとうございました。
 

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プロフィール

株式会社風土 社長 濱口陽行(ふうどしゃちょう はまぐちたかゆき)

1975年10月6日、東京都生まれ高知県育ち。普通科高校~大学法学部からIT関連のセールスを経て2008年10月1日に農業生産法人である株式会社風土を設立。

おいしいを、作ろう 株式会社風土

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